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広島高等裁判所 昭和26年(う)177号 判決

控訴人 広島地方検察庁検察官検事 中田義正

被告人 吉岡幸一こと朴幸一

弁護人 伊藤仁

検察官 大町和左吉関与

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は検察官提出の別紙控訴趣意書と題する書面記載のとおりである。

よつて按ずるに外国人登録令が連合国の管理政策の線に沿い不法入国の防止その他外国人に対する警察的取締を主たる目的とするものであつてこの目的を達成するために登録の申請をしない者を処罰する規定を制定しておることは検察官所論のとおりである。然し外国人登録令(昭和二二年勅令第二〇七号)附則第二項をみるに同項はこの勅令施行の際現に本邦に在留する外国人はこの勅令施行の日から三十日以内に第四条の規定に準じて登録の申請をしなければならないと規定しそして同附則第三項は第十二条乃至第十五条の規定は前項の場合についてこれを準用するとし同令第十二条は左の各号の一に該当する者は六箇月以下の懲役若しくは禁錮千円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処するとしてその第二号には第四条第一項第七条第一項又は第八条第一項に違反して登録の申請をなさず又は虚偽の申請をした者と定め又同令第四条第一項は外国人は本邦に入つたときは六十日以内に外国人でないものが外国人になつたときは十四日以内に居住地を定め内務大臣の定めるところにより当該居住地の市町村の長に対し所要の事項の登録を申請しなければならないと規定しておるのであるからこれ等の規定によれば前記附則第二項は右勅令施行の際現に本邦に在留する外国人に対し同勅令施行の日である昭和二十二年五月二日(同令附則第一項により)から起算し三十日以内に居住地を定めその居住地の市町村の長に対し所要の事項の登録を申請すべきことを命じ同令附則第三項によつて右に違反して登録の申請をしなかつた者を処罰することを規定しておるものと云うべく従つて「右附則第三項の規定によつて処罰する同令附則第二項違反の罪は同附則第二項の期間経過と同時に成立完成する即時犯と云うべきであつてこの犯罪に対する公訴の時効は右期間経過の即日から進行するものと云うべきである」。本件公訴は記録にも明らかなように右三十日の期間を経過した昭和二十二年六月一日から起算し三年の公訴時効の既に完成した昭和二十五年六月一日以後である昭和二十五年十月十二日の起訴にかかるのであるから刑事訴訟法第三百三十七条第四号により免訴の言渡をすべきであつてこれと同趣旨の原判決には何等所論のような違法はなく論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法第三百九十六条に則り主文のとおり判決する。

(裁判長判事 柳田躬則 判事 藤井寛 判事 永見真人)

検察官の控訴趣意

原判決は法令の適用を誤りその誤りが判決に影響を及ぼすことが明かであるから之を破棄の上原裁判所へ差戻すか自判されたい。

一、原判決は本件公訴事実はこれを認定して公訴権の消滅時効が完成せりと左の如く判示した。外国人登録令に規定する登録不申請罪は外国人が所定の期間内に果すべき申請義務の履行を怠つて期間を徒過することを捉えてこれを処罰しようとするものであつて、その期間を超えて残存する申請義務を含むものではない。従つて期間徒過により同罪は完全に成立して既遂となり、即時に終了するものである。それは行為自体の性質や、期待せられている作為義務の性質上構成要件の内容として一定の作為又は不作為の時間的継続が当然に予定せられているものとはその性質を異にしている。従つて本件の場合申請期間の末日である昭和二十二年五月三十一日の翌日、昭和二十二年六月一日より公訴の時効は進行し、三年を経過した昭和二十五年六月一日これが完成するに至つたものと認むべきで、本件公訴は時効完成に係るものであるから免訴すべきものである。

右判決には外国人登録令の解釈を誤つてこれを不当に適用した違法があると思料する。外国人登録令は連合国の管理政策の線に沿い不法入国の防止その他外国人に対する警察的取締を主たる目的となすものであつて、この目的を達成するためには登録不申請者の存在する事は絶対に許容すべからざるところであり、外国人は申請義務を果さざる限り、どこまでも之を果さしむる要あるは当然であり、義務履行までは取締処罰の対象として措置すべきものと信ずる、従つて右令第四条等所定の申請期間は、この目的を達成するために一定期間を限定して登録を促進するという政策的考慮によつて定められたものであり、所謂登録義務不履行に対する免責期間なりと解することが法本来の目的に合致する。されば令第十三条に於て第四条第一項附則第二号等所定の登録の申請をしない不作為に対する処罰の対象は単に申請期間に於ける不作為のみに限らるるものではなく、爾後引続き申請をなさざる限りその後継続する違法状態を目的とし該状態が犯罪構成要件をなすものと思料する。然るに原判決の如く公訴時効の完成を認めるとすれば

(1) 不申請者は時効完成を期し登録義務を免脱せんとかんがえ、本令立法の趣旨は全く没却される虞があるのみでなく、

(2) 令第八条、第十三条に於て登録証明書の登録申請替えにつきその不履行を処罰することとしているのであるが仮に原判決の如く時効完成を認めるに於ては、登録をなさざる者が公訴時効の完成により罪を免ぜられるに反し法を遵守して登録義務を果した者は三年を経過する毎に処罰の危険にさらされるという不合理な結果を生ずるし

(3) 又登録証明書不携帯罪を登録を前提とするものと解する場合登録不申請者は不携帯罪によつても処罰せられることがなく不申請罪について時効完成の暁は不申請、不携帯共に全く処罰の対象から除外せられ、法にとつて耐え難き不合理、不正義を結果することになる。

以上の如く原判決の解釈はいかにも不合理であつて斯法の精神に背馳すること甚だしく到底これを容認することはできないものである。以上之を要するに外国人登録令の要求している登録制度の趣旨に徴し本令を支配する合目的性の見地から登録申請の義務をつくさざる限り義務違反の状態も継続していると解するのが相当であつて公訴の消滅時効は進行しないものと解せざるを得ない。従つて申請義務をつくさない本件は本令第十三条により、処罰の対象たるを免れることはできないものとは云わねばならない。

以上の理由によつて原判決は誤つた解釈に基き本令を適用したものであつて明かに違法であると信ずる。

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